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栃木県の総合内科医のブログ

栃木県内の総合病院内科の日々のカンファレンス内容や論文抄読会の内容をお届けします。内容については、できる限り吟味しますが、間違いなどありましたら是非ご指摘ください。また、内容の二次利用については自己責任でお願いします。

デスカンファ:看取りの文化

デスカンファ

今週のデスカンファは老衰の経過だった在宅看取りの患者さん。
最終的に総胆管結石や脳卒中(疑い)を発症されますが病院には受診せず最期まで在宅生活を継続されました。


最期の瞬間は、ご親族みんなが集まって、本人が一人一人と握手をして、何事か喋って(言葉にはならなかった様子ですが)、全員とお別れをした後に、手を上に広げて、また何事か喋って(これもご家族の解釈によって、「ありがとう」だったとか「さきにいくよ」だったとか)、そのままフッと目を閉じて息を引き取ったんだそうです。


ご家族にとっては、とてもpositiveに受け取ることができる亡くなり方だったと、お悔やみ訪問に伺ったスタッフが話していました。お嫁さんが主介護者でしたが、とても一生懸命で親身になって介護していて。周りが感心するくらいだった様子。後日談では、お嫁に来てからこの患者さん(義父)にとても可愛がってもらったからと。一度も嫌なことを言われたことは無かったんだそうです。良いケアを受けられるきちんとした家族関係が構築されていたんですね。

興味深かったのは、訪問看護師のもやもや
実は、亡くなる直前のお話や準備が十分できていなかったんだそうです。前日に伺った時もあまり、十分な説明ができなかったので反省ですとのこと。得てしてそんな時に良い看取りができるのも不思議なところです。医療者の思いと患者さん・家族の思いは時に解離しますよね。脳卒中の方の最期は大変分かりにくいです。通常、病院でケアしていても、医療的介入は出来る事が大変少ないのが現実です。良性疾患の経過だからこそ、看取りになるのか持ちこたえるのかを判断するのがすごく難しい部分だなと思いました。

それにしても、ご家族のpositiveな反応。こんな看取りを経験したご家族はきっと自宅で看取りたいと思うんだろうなあ。いつも「場所の問題では無い」という議論になるけれど、病院でもこれと同じ様な、本人家族が満足し、周囲にも感動を共有できる看取りを提供したいと思います。

個人的には、クリスチャンという立場から看取りを振り返ると、亡くなられた患者さんの魂の救いという部分にも思いを馳せたりはしました。