読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

栃木県の総合内科医のブログ

栃木県内の総合病院内科の日々のカンファレンス内容や論文抄読会の内容をお届けします。内容については、できる限り吟味しますが、間違いなどありましたら是非ご指摘ください。また、内容の二次利用については自己責任でお願いします。

デスカンファ:関係性の中での看取り

 久しぶりにデスカンファエントリー。デスカンファを毎月行っています。今は病院・診療所・施設それぞれの場で行う事があり、それぞれの場で気付きが違います。今回は施設でお看取りした患者さんのデスカンファを施設で行いました。

 90代女性。夫と死別し子供はおらず、長年独居生活をしていましたが、数年前に施設に入所されました。当初は認知症はないとのことでしたが、入所すると明らかに認知症があることが分かり、診療所に訪問診療依頼があり、定期的な訪問診療が開始になりました。
 
 経過中に非痙攣性のてんかん(NCS)を時折起こして、入院したこともありましたが、発作はすぐに頓挫。入院後はせん妄がひどく入院継続が出来ないとのことで、すぐに施設に戻ってくるということが何度か続きました


 施設の職員も、身寄りのないこの方を徐々に”家族と同様に”考えるようになったと言います。

「この方が最期を迎えるなら施設だよね」
「他に行く場所もないしね」

 ご本人も「病院には行きたくない」という意思を何度か表示されました。痙攣リスクは常にあり、重責化する可能性もありました。唯一の身内である甥御さんもリスクは理解した上で、病院加療ではなく、施設でのケアを希望されました。
 最終的に、或日痙攣を起こし、意識を失い、そのまま眠るようにお亡くなりになりました。

(一部プライバシーの観点から内容を変更しています。)

  非がん患者さんの最期を施設で迎えることが増えてきています。これはとても大変な事です。今回の施設では、比較的長い経過の入所の中で、ご本人との関係性が出来上がり、文字通り家族のような関係だったのだと思います。

 実は、一段階ハードルがあり、何度かあった入院の中で完全に食事を食べなくなってしまったことがありました。病院スタッフも努力しましたが、とにかく食べない。困りました。最終的に出た結論は、環境を元に戻すしかない。食べられなかったら看取りも覚悟しなくてはいけない・・・こんな状況で施設が受け入れてくれるか不安でしたが、打診すると二つ返事で「よいですよ」と。そして、帰ったらあっという間に食べられるように。苦労話も聞けましたが、とにかくその包容力に感動しました。十分な関係性と信頼関係が施設と患者さんの間にあるのだと感じました。

 そして今回何と言っても最期の最期での対応でした。直前まで動いていた方が急に意識を失い、その後心肺停止になると、多くの施設では救急車が呼ばれ、心肺蘇生を行われながら、救命センターへ搬送されます。いわゆる”急変”です。でも、この方の場合は今までの経過から十分予測可能な事態でした。施設職員も家族も診療所職員も、その時が来ることを予測し備えていました。施設職員が家族に意思を確認しつつ、救急車は呼ばずに診療所に速やかに連絡する。この流れがあってこその穏やかな最期だったのだろうと思います。急変とするかお迎えが来たかとするか・・・それは文脈に依存するのだと思います。

 最期に職員さんが

「本当に理想的な穏やかな最期でした。私もあんな風に亡くなりたい」

と言っていたのが印象的でした。
病院で総合内科医として働きながら、こういった在宅施設・診療所とコラボしながら訪問診療ができるのは本当に有り難いことだなとあらためて感じました。

介護施設におけるターミナルケア―暮らしの場で看取る意味

介護施設におけるターミナルケア―暮らしの場で看取る意味

 
「死にゆく人」へのケア―高齢者介護福祉施設での看取りケア指導テキスト

「死にゆく人」へのケア―高齢者介護福祉施設での看取りケア指導テキスト